謎の体調不良
めまいや吐き気が続く原因が毎日お使いの洗濯洗剤だったなど、「ヒトも動物も、病気の原因が身近な日用品」という場合があります。
ただし、このような原因を探し当てるのはなかなか困難です。一般的な病院を受診すると「異常なしです」と言われるか心の病や更年期障害、ストレスと診断されるかもしれません。
イマドキの洗剤は、洗っても落ちない抗菌消臭効果のある化学物質や香料などを衣類に付着させます。
衣類は常に身にまとう物なので、結果これらの化学物質が皮膚や呼吸器から体内に吸収されます。
詳しい機序は不明ですが、これによりめまいや吐き気のような症状が出たり、長期に渡る吸収では、がん発症の関与や内分泌かく乱が懸念されています。
また近年では、合成洗剤や柔軟剤などに含まれる合成香料(化学物質)によって、さまざまな健康被害が誘発される「香害」が社会問題となっています。
高濃度の有害物質
米国の環境保護団体「環境ワーキンググループ(ENVIRONMENTAL WORKING GROUP)」が、ヒトの体内に蓄積されている有害化学物質について調査したところ、食べ物や飲み物に気を遣っている人ですら、たくさんの化学物質が検出されたそうです。
自身で選んで摂取する飲食物は、有害化学物質の少ないものを選択できるかも知れませんが、呼吸によって体内に入る空気は選ぶことができません。その大気には、目には見えませんが多くの化学物質が含まれているのです。
そして驚くべきことに、ペットの犬猫ではヒトよりもさらに高濃度の有害化学物質が検出されました。特に以下の4つが突出して高濃度だったそうです。
①有機フッ素化合物(テフロン加工の原料で、フライパンやファストフードの包み紙に塗布)
②フタル酸エステル(プラスチックなどを柔らかくするため、家電製品や壁紙、医療機器に使用)
③ポリ臭素化ジフェニルエーテル(カーテンやソファ、壁紙などに使われる難燃剤)
④水銀(石炭などの化石燃料を燃やすことで環境中に拡散)
ヒトより取り込みやすい
室内飼いの犬猫はその生涯をほぼ室内の床に近い所で過ごします。
今や室内のカーテンや床、壁には防虫剤や防ダニ剤、難燃剤が使われ化学繊維で作られていますが、それらの粒子がハウスダストに含まれてしまっています。そして、ハウスダストは床や床に近い空間に停留しています。
ヒトや犬猫などの恒温動物は大気よりも体温が高いために、自分の身体の直下にある床周辺の空気が身体に沿って上昇流となります。
研究によると、呼吸で吸い込む空気の1/3は鼻周辺の空気で、2/3は直下の床周辺の空気とのことです。従って、ヒトよりもかなり床付近で過ごしている犬猫(これは赤ちゃんも同様)は、大人よりもハウスダストを吸引してしまうリスクが高いのです。
さらに犬猫は体内に入った化学物質を代謝する能力がヒトより劣っています。特に猫は、複雑な構造をした化学物質を分解する酵素がヒトよりも少なく、体外に排出しにくいことが判明しています。また、大気中に浮遊する化学物質は、呼吸で体内に取り込む他に体表に付着するものもあります。犬猫の場合は被毛に付着しますが、猫は特にグルーミングでこれらを舐めとって食べてしまいます。
ヒトの衣類についた化学物質は、着替えて洗濯することによって体内に取り込む機会を減らすことができますが、犬猫たちは着替えができません。
被毛に付着した化学物質の粒子は、被毛の根元にびっしりと溜まっていることが考えられます。そして、犬猫の皮膚はヒトよりも薄く体重に対する表面積が広いので、皮膚から容易に化学物質を吸収してしまいます。
実際に経験した症例
[症例①]嘔吐・下痢
3歳の雌猫が下痢になり、あちこちの動物病院で診察してもらったのですが一向に良くなりませんでした。食物アレルギーの可能性を指摘されアレルギー食のみを食べてみましたが、全く変化がありません。そのうちに4.6キロあった体重は1年で3.2キロになってしまいました。
飼い主さんは猫が排泄するたびにそれをふき取って消臭スプレーをしていました。床はこまめに洗剤で拭き掃除をしていました。
ある日、この猫のすぐ横で消臭スプレーを使用していたところ、激しく嘔吐しだしてやがて下痢が始まりました。飼い主さんはそこで初めて「この子の下痢の原因はこのこれではないか?」と思い立ち止めてみたところ、見事に下痢が止まりました。
[症例②]皮膚疾患
4歳の雌猫が、眼の上から耳の付け根にかけてブツブツができて掻きむしり、ステロイドを内服すると治るを繰り返していました。
ご家族の衣類に使う柔軟剤をやめ、洗濯用・食器用洗剤を「せっけん」素材のものにかえたところ、たちまち症状は治まりました。
しばらくしたある日、リビングのラグマットが汚れたのでコインランドリーで洗濯して再度敷き直したのですが、またブツブツが再発しました。
実はラグマットは洗剤自動投入のコインランドリーで、仕上げに柔軟剤が使われていました。もちろん、このラグマットを撤去するとブツブツはすぐに消えました。
化学物質を使わない生活を
私が診察で経験したこれら症例は、飼い主さんに症状が無くとも、犬猫では症状がでてしまった化学物質についてです。これは「ヒトは安全」という意味ではなく、「高濃度になればヒトも症状がでる」と推察できます。また、ヒトや犬猫には「個体差」があるので、たとえ化学物質が高濃度でなくても、Aさんが無症状でBさんだけ症状が出てしまうことも、もちろんあります。さらに、その時は症状が出なくとも長い年月の末に病気という形で症状が出ることもあるのです。飼い主さんもワンちゃんネコんも、できるだけ化学物質を使わない生活が健康への近道だと思います。
獣医師 獣医学博士 農学士 ペット栄養管理士 日本獣医循環器学会動物循環器認定医
滋賀県近江八幡市「キャットクリニック ~犬も診ます~」代表。2003年より動物病院勤務。治療が困難な病気、慢性の病気などに対して、漢方治療や分子栄養学を取り入れた治療が有効な症例を経験し、これらの治療を積極的に行うため2019年4月に開院。慢性病のひとつである循環器病に関して、学会認定医を取得。